「退去時の入居者との費用負担トラブルを防ぎたい」
「原状回復費用をどこまで請求してよいのか分からなくて困っている」
原状回復費用とは、入居者が退去する際に発生する修繕費のことです。物件の使用状況によっては高額になりがちなため、入居者とのトラブルに頭を悩ませるオーナーも少なくありません。
実はオーナーが正しい知識を持っていれば、多くのトラブルを回避できます。
この記事では、国土交通省のガイドラインに基づいた原状回復の基本ルールから、トラブル回避のための5ステップまでを分かりやすく解説します。原状回復トラブルを避け、将来的に安定した賃貸経営を実現するためにも、ぜひ最後までご覧ください。
原状回復トラブルが起きる原因とは?

原状回復トラブルが起きる主な原因は、オーナーと入居者の間に起きる以下の2つの「認識のズレ」です。
オーナーと入居者の負担の線引きルールは、民法で大まかに規定されています。しかし規定内容を把握していないと両者に認識のズレが生じ「どちらが負担すべきか」という点で意見が対立する恐れがあります。
また退去立会いの際に見つかった傷や損傷箇所が「いつ起きたものか」が曖昧な場合も注意が必要です。万が一両者の意見が食い違った際に、事実を証明する根拠がなければ大きなトラブルに発展しかねません。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でオーナーが押さえておくべき3つの要点

ここでは「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に記載されている内容の中から、特にオーナーが押さえておくべき以下の3つのポイントを紹介します。
ガイドラインには裁判の判例などを基に、原状回復費用負担に関する具体的な考え方が示されています。トラブルを回避するためにも、事前に確認しておきましょう。
原状回復の定義と費用分担の具体例
ガイドラインでは、原状回復を次のように定義づけています。
「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、 賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、 その他通常の使用を超えるような使用による 損耗・毀損を復旧 すること」
つまり普通に使っていて起きる 劣化や損耗は、オーナーの負担 になるということです。
以下の表に「どちらが費用を負担すべきか」についてガイドラインに記載されている代表的な事例をまとめました。
項目 | オーナー負担 (経年劣化・通常損耗) |
入居者負担 (故意・過失、善管注意義務違反) |
---|---|---|
壁・天井(クロス) | ・テレビ、冷蔵庫裏の電気ヤケ ・日照による変色 ・画鋲、ピンなどの穴(下地ボードの張替えが不要な程度)など |
・タバコのヤニ、臭い ・落書き ・釘穴、ネジ穴(下地ボードの張替えが必要な程度)など |
床(フローリング、畳) | ・家具の設置によるへこみ、跡 ・日照などによる畳の変色 ・ワックスがけ など |
・飲み物などをこぼしたことによるシミ、カビ ・ペットによる傷、臭い ・引越作業で生じたひっかき傷 ・畳の表替え、交換(タバコの焦げ跡など)など |
建具等 | ・網戸の張替え(次の入居者確保のためのもの) ・鍵の交換(紛失、破損がない場合)など |
・飼育ペットによる柱などの傷 ・鍵の紛失または破損による交換など |
その他 | ・ハウスクリーニング(入居者が通常の清掃を実施している場合) ・エアコン内部の洗浄(喫煙等の臭いが付着していない場合) ・消毒(害虫駆除など)など |
・日常の清掃を怠ったことによるレンジの油汚れ、風呂場のカビなど ・エアコンから水漏れし、放置したことによる壁の腐食など |
ガイドラインにはこの他にもさまざまな例が掲載されているので、ぜひチェックしてみてください。
「減価償却」の考え方
減価償却とは 建物や設備は時間と共に価値が減少していく という考え方のことです。物件の主要な設備にはそれぞれ 法定耐用年数 という価値が持続する期間の目安が定められています。
たとえば壁紙(クロス)の耐用年数は6年とされており、新品の状態から6年経つと価値はほぼゼロになると考えます。
もし入居者が壁紙を傷つけてしまっても、その壁紙がすでに新品時から5年経っていたとしたら、残りの価値は1年分しかありません。したがって、オーナーが入居者に請求できるのは、張替え費用の全額ではなく「残存価値(1年分)」に相当する金額のみです。
もし減価償却の考え方を知らずに修繕費用を全額請求してしまうと、トラブルに発展する恐れがあるため注意が必要です。
「特約」の認定に必要な条件
特約とは、 ガイドラインとは異なる内容を当事者の合意で定めたルール のことです。ガイドラインに明記された基準はあくまで規定であり、法的拘束力はありません。そのため、入居者の了承が得られればガイドラインの範囲を超えたオリジナルルールを作ることも可能です。
しかし、特約はどんな内容でも有効になるわけではありません。裁判の判例では、特約が有効と認められるには、以下の3つの要件を満たす必要があるとされています。
特約を設ける場合は、その内容と費用負担について契約時に丁寧に説明し、入居者が納得した上で契約を進めましょう。
原状回復トラブルを防ぐための5ステップ

原状回復トラブルを避けるためには、正しい知識を身につけたうえで以下の5つのステップを踏むことが重要です。
契約時から精算時まで、時系列に沿って確認していきましょう。
Step1【契約時】契約内容を丁寧に説明する
契約時には、契約書に明記している内容について丁寧に説明しましょう。
特に原状回復の定義や特約の内容については、具体例を踏まえながら詳しく説明することが大切です。契約書内には、 特約事項について同意した旨を記録できるチェックボックス などを設け、入居者に説明した事実を証拠として残しておきましょう。
契約手続きを管理会社に任せている場合にも、事前に契約書の内容を確認したり、特約の内容を説明するよう指示を出したりと、主体的にかかわることをおすすめします。
Step2【入居時】写真付き「入居時室内状況確認書」で証拠を残す
物件の引き渡し日には、オーナーと入居者の双方で確認し、入居時の状態をできるだけ詳しく記録します。
「入居時の状態」は退去時の費用負担に関する判断材料です。客観的な記録として残すためには、以下のような工夫をしましょう。
入居時室内状況確認書とは、部屋や設備ごとの傷や汚れをチェックするためのリストのことです。リストの雛形は「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」内でも掲載されているので、これから作成するという方はぜひ参考にしてください。
当日チェックリストに記載した内容は、必ず日付入りで写真に残しましょう。特に傷や損傷がある部分については、 角度を変えて複数枚撮影したり大きさが分かるようにメジャーなどを一緒に写したりと、工夫することが大切です。
Step3【入居中】入居者と良好な関係を構築する
入居者との良好なコミュニケーションも、原状回復トラブルの回避に繋がります。
オーナーと入居者との間に信頼関係が構築できていれば、万が一退去時に費用負担の話になったとしても、入居者は冷静に話を聞き入れやすくなります。
入居中に設備の不具合などで連絡を受けた際には、迅速かつ誠実に対応することで、オーナーへの信頼感が高まるよう努力しましょう。
Step4【退去時】入居者負担の修繕箇所は根拠をもとに説明する
退去立会いで入居者負担の修繕箇所が見つかった場合は、一方的な通達ではなく根拠をもとに丁寧に説明します。
退去時は特に入居者とのトラブルが起こりやすいタイミングです。入居者の言い分にも慎重に耳を傾け、お互いが納得できる着地点を探りましょう。
円満な合意形成のために、オーナーが退去立会いに同席する際には、以下の6点を用意しておくとスムーズです。
なお全ての部屋を確認し終わっても、リフォーム業者の見積もりが出るまでは正確な請求金額が分かりません。そのため、その場で不完全な精算書にサインを求めるのは避けるべきです。
まずはオーナーと入居者双方が入居時室内状況確認書などに署名・捺印し、合意の意思を固めることが先決です。費用の請求は後日、その記録をもとに精算書を作成し、郵送する手順を踏みましょう。
Step5【退去後】精算書の不備や間違いをチェックする
精算書の作成は、多くの場合管理会社が担当します。しかしトラブルを回避するためには、管理会社に任せきりにせず、オーナー自身も主体的に内容の精査に関わることが大切です。
精算書にはリフォーム業者からの見積書を添付します。退去立会い時の資料を基に、見積書に記載漏れや間違いがないか確認しましょう。各修繕項目に「オーナー負担」「入居者負担」を明記したり、減価償却を考慮した計算式も記載したりすると、費用の内訳をより明確にできます。
また敷金から修繕費を差し引いた残金は、速やかに返金します。返金が遅れると、入居者に不信感を与え、新たなトラブルの火種になりかねません。
最後まで誠実な対応を貫き、入居者に気持ちよく退去してもらえるよう心がけましょう。
まとめ
本記事では、原状回復をめぐるトラブル回避のためにオーナーがすべきことについて解説しました。
賃貸経営は、物件を貸すだけのビジネスではありません。資産の価値を長期的に維持・向上させるためにも、オーナーは管理会社に任せきりにするのではなく、正しい知識を持って誠実に入居者と向き合いましょう。