賃貸経営では、退去時に「原状回復や敷金精算」をめぐるトラブルが多発しています。独立行政法人国民生活センターにも、毎年1万件以上の相談が寄せられているほどです。
この記事では、オーナーが知っておくべき退去立会いの基礎知識とトラブル防止の具体策を解説します。読めば「冷静に判断できる基準」と「安心して立会いに臨む方法」が明確になります。
出典:独立行政法人国民生活センター【賃貸住宅の原状回復トラブル】2025年8月
オーナーが退去に関する知識を身につけるメリット

オーナーが退去に関する知識を身につけると、次の3つのメリットが期待できます。
実際に正しい知識を持って立会いに同席すれば、入居者と管理会社のやり取りをその場で確認でき、本来は入居者負担の修繕費をオーナーが負担してしまう事態を防げます。
逆に交渉がこじれれば、訴訟や長時間の調整に追われることも。しかし知識があれば冷静に判断でき、無用なトラブルを防止可能です。
さらに退去時の不適切な対応は、SNSでの悪評につながり資産価値を下げるリスクがあります。一方、円満な退去を積み重ねれば「空室リスク」を抑え、長期的に安定した家賃収入と高い売却価格の実現につながります。
退去トラブルを予防するために知っておくべき3つの基礎知識

退去トラブルを予防するために、オーナーが押さえておくべき基礎知識は次の3点です。
これらを理解していれば、その場の感情に流されず、客観的な根拠に基づいて判断できます。
判断基準の拠り所となるのは、国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。本記事では、そのガイドラインからオーナーに特に関係する3つの要点を分かりやすく解説していきます。
「原状回復」の意味
ガイドラインでは大前提として、原状回復とは入居者の故意・過失、または通常の使用を超える損耗・毀損を復旧することと明記されています。
そのため、自然な経年劣化や生活の中で生じる汚れ・色あせなどの修繕費用を、オーナーが入居者に請求することはできません。これは「請求できる範囲」と「できない範囲」を明確に分ける基準となり、退去時の判断を客観的に行うための重要な指針になります。
出典:国土交通省【「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について】
費用負担の線引き例
ガイドラインでは、オーナー負担と入居者負担の範囲を具体的に例示しています。以下に代表的なものをまとめました。
負担者 | 項目 | 具体例 |
---|---|---|
オーナー(貸主) | 経年劣化・通常損耗 |
・壁紙やフローリングの日光による色褪せ ・テレビ裏の壁紙の黒ずみ(電気ヤケ) ・家具の設置による床のへこみ ・画鋲の穴(下地ボード交換が不要な程度) など |
入居者(借主) | 故意・過失・善管注意義務違反 |
・喫煙による壁紙のヤニ汚れや臭い ・掃除を怠ったことによるキッチンの油汚れやカビ ・飲み物をこぼしたシミ ・子供の落書き、ペットによる柱の傷 など |
表中の例以外にもガイドラインには、実際の賃貸住宅で起こりうる細かく具体的な事例が豊富に掲載されています。立会いの前には、一度目を通しておきましょう。
出典:国土交通省【原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)】
「減価償却」の考え方
減価償却とは「建物や設備などあらゆるものは、時間の経過とともにその価値が減少していく」という考え方のことです。
賃貸物件に備え付けてあるそれぞれの設備には「耐用年数」という、法的に価値が持続するとされる期間が定められています。そのため入居者の過失で修繕が必要になった場合でも、新品に交換する費用の全額ではなく、その設備の「残っている価値」の分だけを請求するのが、公平なルールとされています。
たとえ入居者の故意・過失でついた損傷でも、修繕費用の100%が請求できるわけではない点には注意しましょう。
退去立会いを成功に導くための5つの重要ポイント

退去立会いを成功に導くためには、以下の5つのポイントを押さえておきましょう。
退去立会いの基本的な流れは、まずオーナー(または管理会社)と入居者が一緒に室内の状況を確認し、原状回復が必要な箇所とその負担割合を相互に確認することから始まります。
その後、確定した費用を基に敷金の精算が行われ、差額が返還される、という流れが一般的です。退去立会いの目的は、オーナーと入居者の費用負担の明確化です。
ここでは退去手続きを円満に進め、オーナーの利益を守るための5つの重要ポイントを解説します。
管理会社と事前打ち合わせをする
退去立会いの日取りが決まったら、事前に管理会社と打ち合わせの場を設け、以下のポイントを確認しましょう。
立会い当日にオーナーと管理会社の意見が食い違ったり判断に迷ったりすると、入居者に不信感を与え、トラブルの火種になりかねません。
しかし両者の足並みが揃っていれば、必要以上の修繕費の請求や判断に悩む時間的損失も抑えることも可能です。
証拠の記録を徹底する
退去立会い当日に管理会社から指摘された箇所は、写真を撮るなどして記録に残します。以下のリストを参考に、冷静に室内をチェックしましょう。
確認箇所 | 確認例 |
---|---|
✅ 壁・天井 | 喫煙によるヤニ汚れ、ガイドラインを超える釘穴、落書き |
✅ 床 | 家具のへこみ以外の大きな傷、シミ、カビ |
✅ 水回り | 清掃で落ちないカビや水垢、設備の破損 |
✅ その他 | ドアや設備の破損、残置物(自転車など)の有無 |
損傷個所の撮影はスマートフォンでも構いませんが、角度や距離感を変えながら数枚撮影しておくのがおすすめです。
写真に日付が残るように設定したり、傷や汚れの大きさが分かるようにメジャーも合わせて撮影したりすることも忘れてはいけません。
客観的な証拠は、その後の交渉や万が一の法的手続きをスムーズに進めるのに役立ちます。
費用請求の根拠を明確にする
入居者に費用負担を求める際は、明確な根拠を示した上で相手に配慮した伝え方を徹底しましょう。法的根拠と丁寧なコミュニケーションで入居者の納得感が得られれば、トラブルは未然に防げます。
物件への入居について感謝を述べた上で、指摘箇所を入居者が負担する必要性について、ガイドラインや契約書の内容をもとに丁寧に伝えます。
なお、入居者にその場でサインを強要するのはNGです。後日見積書を郵送することで、入居者に冷静に考える時間を与えましょう。
清算書(修繕見積書)は必ず目を通す
退去立会い後に管理会社から提示された精算書(修繕見積書)は、鵜呑みにせず内容を精査しましょう。管理会社が提携する業者の見積もりは、必ずしも市場価格として妥当とは限りません。しかしオーナーがコスト意識を持ってチェックすれば、無駄な支出を削減できます。
見積書では、以下の3点を必ず確認してください。
見積書の内容について疑問があれば、遠慮なく管理会社に根拠を確認すべきです。場合によっては他の業者から相見積もりを取ることも検討しましょう。
次回の立会いに活かす仕組みを構築する
退去立会いに同席した経験は、将来のトラブルを未然に防ぐ仕組み作りに役立てましょう。
具体的な取り組みとしては、以下の2つが挙げられます。
次の入居者との契約時に、退去立会い時に揉めた箇所や判断に迷った箇所を撮影箇所に追加すればトラブルを予防できます。
また、精算でオーナー負担となった費用のうち入居者に負担してほしい項目があれば「特約」にできないか検討することも重要です。
特約とは一定の要件を満たすことで、本来はオーナー負担の箇所であっても入居者負担とできることが法的に認められる契約のことです。
退去立会いの経験を基に「この費用は特約にできないか?」と管理会社に相談し、必要であれば契約書をアップデートしていきましょう。
出典:国土交通省【原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改定版)】
それでもトラブルになったら? オーナーが使える相談窓口
万全の対策をしても、残念ながらトラブルに発展してしまうケースもゼロではありません。万が一の際に慌てないよう、相談できる窓口を知っておくことも大切です。
相談先・手続き | 主な相談内容・役割 |
---|---|
管理会社 |
・入居者との初期交渉 ・修繕の見積もり取得 ・現場の状況報告と対応策の協議 など |
業界団体(公益財団法人日本賃貸住宅管理協会など) |
・ガイドライン解釈の確認 ・一般的な修繕費用の相談 ・管理会社との関係性に関する相談 など |
弁護士・司法書士 |
・内容証明郵便の作成・送付 ・代理人としての交渉 ・訴訟に向けた法的な手続き全般 |
少額訴訟制度(簡易裁判所) | ・60万円以下の金銭(原状回復費用など)の支払い請求 |
いざというときには一人で抱え込まず、専門家に相談してみましょう。
まとめ
この記事では、退去立会いのトラブル防止のためにオーナーが知っておくべき知識や具体的な5つのポイントを解説しました。
退去時の対応は、単なる修繕費の調整ではありません。オーナーが正しい知識を持って主体的に関わることで、物件の評判を高め、資産価値そのものの維持・向上を目指しましょう。